『 わたしの ジゼル ― (3) ― 』

 

 

 

 

 

  スススス ---  白い姿が駆け寄ってくる。

 

       っ~~~  いくぜ 

  

       っ はいっ !

 

 

女性は 軽やかに地を蹴り その瞬間 男性は 女性と頭上たかく持ち上げた。

 

「 ・・・ うん  いいカンジ~~ 」

「 どう?  ・・・ あの 重い? 」

「 ぜ~~んぜん☆ 空気みたいだぜ~~ 」

「 やた~~  このタイミングね 」

「 お~し。  ・・・ 降ろすよ 」

「 ん。 ・・・なんか気持ちよかったわ 雲の上みたい 」

「 ふふ~~ん ふんふん 」

 

 ストン。 女性は床に降り立ち 男性は上機嫌だ。

 

「 ねえ 本当に 重く ない? 」

「 だ~か~ら~。  空気みたいだ って言ったじゃん。 」

「 本当なら めっちゃ嬉しい~~ 

「 本当だってば~  フランってば疑り深いなあ 」

「 ふふん オバサンはねえ 懐疑的なのよ 

 あ~~ なんかいい気分~~~ ♪ 」

 

   くるくるくるり。  

 

アンディオール アンデダン 連続のピルエットに

細い身体が 軽く舞う。

 

「 ・・・っとに軽いよなあ  こう ふわあ~~っと 

「 ホントは重いの、知ってるくせに 」

「 いや~~ そのテクってスゴイと思うよ。 」

「 やっぱ ずし・・っと来てるんじゃない? 」

「 クドイ~~~ そんなことない!

 ずしっと来てたら あんな高いリフト できないって 

「 はい 信じます。 遊び人の王子サマ 

「 ふ ふ~~ん♪ 」

 

    パパパ  ン !  派手にブリゼ・ボレ でバッチュをいれる。

 

「 ひゅ~ひゅ~~~♪  ぶらヴぉ~~~ 」

「 あ ども♪ 」

「 王子サマ。 オバサン・ジゼル ですけど~~ ヨロシク  」

「 こちらこそ。 僕の♪ じ ぜ る♪ 」

 

     ひょん ・・・   王子は乙女を抱えあげた。

 

「 ほんじゃ 最初からやってみる? 」

「 はい~~ あ 音 だすわね 」

「 うっす 」

 

男性は センターに出 女性はCDのスイッチを入れてから やや下手に下がった。

 

 

  その年。  

 

フランソワーズは 山内タクヤと 『 ジゼル 』 第二幕のパ・ド・ドウ を

踊ることになった。

 

 

 

            ***********

   

 

話は数年 遡る。

地下での闘いの後 二人の仲間が瀕死の状態で宇宙から帰還したころのこと。

  

 

  タタタタ ・・・・  足音はどんどん軽くなってゆく。

 

「 ただいまあ~~ 帰りましたっ 」

バタンッ !! 

 

玄関のドアが勢いよく開いて さらに威勢のよい声が響く。

「 博士~  戻りましたっ  ジョー~~~ 」

トトトト  --- 足音はそのまま二階へ こちらに上ってくる。

 

   パタンっ   少しだけ 緩やかにドアが開く。

 

「 た ・・・だいま~~ ・・・ ジョー ・・・

 あ  眠ってる・・・? 」

明るい声が しゅう~~~っとヴォリュームを下げてゆく。

 

    ふふふ ・・・ フランらしいなあ~

 

ジョーは 顎の上まで引き上げたブランケットの下にこっそり笑いを隠す。

見えているのは 髪だけ、とわかっている。

 

「 ・・・ ごめ~ん ・・・ 起きてると思って・・・

 あの ね・・・ 銀杏の葉っぱ 拾ってきたの。

 すご~くキレイね  黄色い扇みたい ・・・ ほら 」

 

    かさ こそ。  落ち葉が枕元に数枚 置かれた。

 

「 ほら あの並木道。 バレエ団の稽古場の近くにあるでしょ・・・

 あそこ 今 ものすご~~くキレイなの! 帰りにね 拾ってきたのよ 」

 コトン。 ―  ベッドサイドに椅子が引かれた。

「 いっぱいヒトがいたわ。  お散歩してて・・・

 ふふふ 小さい子やワンコが 落ち葉の中を駆けまわってたり・・

 わたし あの道 大好きなの。 」

 

     ふわり。  白い手がブランケットをこっそりと整えている。

 

「 ねえ ・・・ 来年は一緒に散歩したいなあ ・・・

 あのね パリもねえ 今の季節、あんなカンジにマロニエがキレイなの 」

    ふう ・・・   小さな吐息がもれる。

「 行きたいなあ  ・・・ 一緒に。  

 ねえ  ジョー。  来年こそ ・・・   え !? 」

 

   ごそごそ ・・・   きゅ。

 

ブランケットの下からいきなり手が伸びてきて ― 

 

「 !?  ジョー ??? 」

「 ふふふ  約束するよ。 一緒に散歩、いや デートしようよ 

 あの・・・ G・・・の並木道だろ 」

「 ! やだ ・・・聞いてたの??  起きてたのね~~ 」

「 うん ・・・ ずっと きみが帰ってきた時から 

「 え~~~ ・・・ やだ じゃあ 全部聞こえちゃった・・・? 」

「 ・・・ 実は。 」

「 もう~~~ 意地悪ぅ ~~~ 」

 

   きゅ。  彼の腕は案外力強く 彼女を引き寄せた。

 

「 お か え り。 ねえ なにかイイコト あった? 」

「 ・・・ うふ ただいまあ  イイコト あったわ 」

「 なに?  イイコト、分けてくれる 」

「 どうしようかなあ~~~ 」

「 あ ケチんぼ~~ 」

「 だってぇ ・・・ これが イイコト よ 」

 

   きゅ。  白い腕がパジャマの彼に巻き付いた。

 

「 ジョー ・・・ た だ い ま ~~~ 」

「 ・・・ んふ ・・・ お帰り♪ 」

「 すごく元気になったわね 」

「 ん ・・・ なんか今日は 元気が出てきたんだ 」

「 嬉しい!  ね ね 見て?  この葉っぱ。

 すごくきれいでしょう? 」

ジョーは ゆっくりと身体をひねりベッドサイドを向いた。

「 きみがひろってきてくれたんだね  

 ・・・ ああ 銀杏がもうこんなに色づく季節なんだ ・・・ 」

「 いちょう よね。  わたし この黄色、大好き。

 なんかね~~ 落ち葉なんだけど 活き活きしてみえるわ 」

「 そうだねえ ・・・ マロニエとどちらが好き 」

「 え・・・ そ~れは 言えないわ。

 パリの灰色の空には マロニエの黄色が似合うし

 すっきり晴れたトウキョウの冬空には 銀杏がいいの 」

「 フランらしい な・・・

 来年は ― 一緒にマロニエ 見よう 

「 ・・・え 」

「 一緒に、だよ。 決めたんだ ― もう決定さ。

 新婚旅行は きみの故郷 さ 」

「 ジョー ・・・ !  それ って・・・ 」 

「 起きられるようになったら ― まず 指輪 買いに行こ!

 きみの好きなのを二人で選ぼうよ 」

「 ・・・ ジョー 」

「 ホントは  今 ここで言いたいんだけど ・・・

 この恰好じゃ ね?  まだ 脚、立たないし

 ごめん~  もうちょっと待ってね 」

「 ・・・・ 」

「 あの  勝手に ごめん ・・・  嫌だった? 」

「 ・・・ ! 」

 

          きゅ。  

 

 彼の首ったまに抱き付いたまま 彼女は静かに泣いていた。

「 ・・・ あ~~? 」

「 ほんのちょっと・・・ このままでいさせて ・・・

 あんまり嬉しすぎて  動きたくないの 」

「 ・・・・ 」

彼はだまって愛しい人の金色の髪を撫でた。 

甘く冷たい香りが ジョーを酔わせる。 幸せに酔っぱらう。

 

         ああ・・・  ああ  さいこ~~~ だあ ・・・   

     生きてる!   ぼくは  生きてるんだ!

 

しかし その酩酊の最中 ふと ・・・ 心に浮かぶのは

蒼白い顔 色素の薄い髪 そして 大きな黒い瞳の ― あの彼女。

先般の闘いで 地底に散った、あの面影 なのだ。

     

     ・・・ う ・・・?

     ・・・ああ 彼女も さ  

     

     こんな風にシアワセになりたかっただろうなあ

     ・・・ 護ってやれなかったんだ  ぼくは・・・

 

     たった一人の命も・・・まもれなかった 

 

     ・・・ ああ  ぼくって 最低だ !

 

思わず ほんの小さな呟きが 唇から漏れてしまった。

「 ・・・ え  なあに ジョー 

「 あ ううん  なんでもないよ  ごめん 」

「  あ !  いっけない ちゃんと休んで? 

 午後は安静に、でしょ 

「 あは ・・・ そうでした 」

「 さ お休みなさいね・・・  ああ よかったわ よかったわ 」

フランソワーズは ブランケットを直し ジョーをちゃんと

ベッドの中に押し込んだ。

「 ねえ そろそろお食事もできるでしょう?

 なにか食べたいもの ある??  あ ジョーは和食がいい?

 えっと・・・ ライスにお味噌汁 でしたっけ ? 」

「 あは  なんでもいいよ ・・・ きみが作ってくれるなら 」

「 まあ 嬉しい! 博士に相談して 美味しいもの 作るわ! 

「 ああ  楽しみだなあ 

「 うふふ わたしもよ~~  ああ ああ 嬉しいわ

 ・・・ふふふ  ジョー またねえ  」

フランソワーズは ちょんちょん踊るみたいな足取りで

部屋を出ていった。

 

「 ・・・ カワイイなあ ・・

 < またね >  か ・・・ また ね ・・・

 もう一度 必ず会える っていつだって信じてた ・・

 だけど そんなこと、保証なんてどこにもないんだ 

 ぼく は ・・・ こうして生きていっていいのか な 

 

彼のため息が 深くて濃い吐息が 天井に立ち上る。

 

     フランソワーズ ・・・ アイシテル 好きだよ

     ぼくの一番大切なヒトさ。

 

      ―  けど。

 

     あのコも 好きだったんだ ・・・ 

     それも 本当なんだ

 

愛しているから  恋人だから  尚更 言えることではない。

言ってはいけないこと は 増えてゆく・・・

 

「 フランソワーズ・・・ ぼくの一番大切な ヒト!

 必ず 一生護り通すから。  決めたんだ ぼく。 」

 

自分自身の言い聞かせるみたいにつぶやくと 彼はまた

目を閉じた。

 

  この優しさは ホンモノ だった。 

 

ホンモノ故に 彼女の悩みのタネ として存在し続けるのであるが。

 

 

 

 それから数年間は ― フランソワーズにとってまさに 怒涛の年月 だった。

 

 

ジョーの妻となり やがて 待望の赤ん坊を授かり母となり

それは勿論 幸せの日々 だったけれど 

幸せ、と実感する余裕もなく無我夢中・・・

もみくちゃにされた日々 でもあった。

その日々で 彼は とても優しい夫であり父親であり 彼女の怒涛の運命を

共に過ごしてくれる頼もしい戦友 だった。

 

    ・・・ とにかく !

    ジョーが いるんだわ。

 

    わたしは 一人じゃない!

 

 

 ― だ けれども。  しかしながら。

 

この青年と結婚し まったく幸せばかり ではなかった。

彼は 本当に優しい。 

きみを一番愛してる 世界で一番好き と 彼はいつも彼女の耳元で囁く。

 

    一番 アイシテル いるよ 他の誰よりも・・ 

    きみが ・・・ !

    ぼくのフラン~ フランソワーズぅ~~ ♪

 

それは確かに心地よく響く。 自分には この頼もしい人がいる、と

思えるのは 心強い。

 

    でも  

 

    唯一無二にアイシテル  きみだけを愛している

 

                           ではないのだ。

 

 

      わたし・だけ  を 愛していてほしい

 

シアワセといわれる日々の中でも 女性はいつも いつだって

その想いを 心の奥、でも真ん中に据えている。

  

 

彼はいつも優しい。 優しい恋人で 優しい夫で 優しい父親だ。

本当に申し分ないパートナーだとは 思う。

 

    でも 彼は誰にも ― すれ違う女性にも 優しいのだ。

 

そんなオトコに 優しい微笑に 無関心な女性がいるだろうか。

彼を無視し そのまま通りすぎることができる女性は  いるわけ、ない。

彼の周りには いつも < カノジョら > の視線が 影があった。

 

 

「 ・・・ ! 」

立ちん坊で 雑踏の中、ずいぶんと長く夫を待っていた。

彼は 相変わらずにこにこ・・・ 駆けてきた。

「 あ フラン~~  お待たせ。 あれ すばる ネンネしちゃった? 」

「 ・・・ええ  すぴかも ・・・ 

息子は母の腕の中で 娘は母の背で くうくう眠っている。

「 あは ごめ~ん ・・・ 重たいだろ? すばる、抱っこするよ 」

「 お願い・・ 知っている方? あのお嬢さん達 」

「 え? ううん 通りすがりのヒトだよ。

 道、聞かれちゃってさ 」

「 あら 教えてあげたの 

「 う~ん ぼくもよくわからなくて さ 

 地元のヒトっぽいオバサンがいたんで 聞いてみたんだ 」

「 それで わかったの 」

「 いや~~ それがさ。 結局 ぼくもスマホで検索してさ~ 」

 

     道を? ・・・ 皆 スマホを持ってるのに??

     ― わざとらしい ・・・!

     ほら スマホの画面なんか 見てないわよ そのコ達。

 

     ねえ 気がつかないの??

 

     そのコが見てるのは ジョー、あなたの顔 なのよ

 

「 ・・・ そう 」

彼女は全ての思いを ごっくん、と呑みこむ。

「 そうなんだ~ だいたいの方向はわかったから って。

 迷わないで行けるといいんだけど ね 

「 ・・・ そう ね 」

「 ごめ~~~ん 待たせちゃって ・・・

 あ~~~ すぴかもネンネしちゃったんだ? 

 ぼく おんぶしてゆくよ こっちによこして~ 」

「 ・・・ だって すばるは? 」

「 あ・・っと ちょっと抱っこしててくれる?

 おんぶヒモ で すぴかをおんぶするから 

「 はい。 」

「 ん~~~ いいこだねえ~~ ねんねんよ~~ 

彼は実に器用に娘を背中にくくりつけると ぐだぐだいってる息子を

ひょい、と抱きかかえた。

「 さ これでいい。 いこっか~~ 」

「 ・・・ その恰好で買い物 行くの 」

「 お~ 平気だよぉ  あ こんどさあ 二人一緒におんぶできるヤツ、

 博士に開発してもらおうよ?  さ すばる~  すぴか~~

 一緒にお買いもの~~ ふんふん♪ 

「 ・・・・ 」

娘と息子を抱えたまま ジョーはご機嫌ちゃんで歩いてゆく。

 

     ・・・ ほっんとに このヒトは・・・

     ええ ええ この優しさは ホンモノよ

     それは  よ~~~くわかっているわ

 

     そうよねえ 優しいのね  誰にでも。

 

「 ・・・・ 」

こそっとため息を呑みこみ 彼女は夫を子供たちの後を追った。

 

 

「 ・・・ あの ごめん。 これ ・・・ さ 」

 

  ドサ。  置かれた紙袋の中から ほわ~んと甘い匂いが立ち上る。

 

「 ・・・ 頂いたの? 編集部で ? 」

「 うん。 あの ・・・ ごめん、これ そのう  

ジョーは玄関口で 本当に困り切った表情だ。

「 はい。  カードは外しておくから ・・・ 

 あとの処理は ジョー お願いね 」

「 あ ・・・ うん 」

「 ちゃんと御礼する日があるんでしょ?

 チョコは また教会に寄付してくるわ 」

「 ・・・ お願いシマス 」

ぺこり。  彼は妻にむかって深々とアタマを下げた。 

 

毎年 例の日には大きな紙袋いっぱいのチョコレートを持ち帰る。

職場につけば 机の上に山盛りになっている、という。

 

     ・・・ また か。

     もう慣れたわ ・・・

     うわあ~ これってすごい高級チョコなんじゃない?

 

     すっごいわねえ~ 皆さん・・

     子持ちオトコに バレンタイン・チョコ なんて・・・

 

     はいはい ありがとうゴザイマス。

     はやく ステディなお相手を見つけてね~~

 

フランソワーズは もう慌てず・騒がず。

ただの年中行事として受け流し、処理する。

何年も続けば いちいち騒ぐ気にもなれず半ば呆れ気分だ。       

 

     このヒトは。  

     人間と人間の距離感がよくわかってないんじゃないかしら。

     ほどよい無視 っていうことができないのねえ・・・

 

コドモたちが 幼稚園に通うようになった今、そんな思いも見つけたのだ。

 

     ・・・ 仕方ない ・・・ か。

     彼は いつだって大真面目 なんだから。

     もっとも それも問題なんだけど ・・・

 

      ― 浮気 じゃあないもの ね

 

堂々巡りみたいに考えていても 仕方がない。

彼は そういう性格 なのだ。 そう割り切るしか ないかもしれない。

 

     もう ストップ。 

     一人で落ち込んでいたって な~~んにもならないわ。

 

フランソワーズは 勢いよく立ち上がった。

「 ん~~~  さ 買い物に行こ。

 あ そうだわ あのチョコ、 買ってこよっかあ~~ 」

足取りも軽く 心も軽く ― 逞しささえ漂っている。

 

 

そして - ひとつ屋根の下に暮らしていれば ・・・

 

今朝もこんな光景が繰り広げられていた。

「 博士~~~  ランチのサンドイッチ、冷蔵庫ですから 

「 おお ありがとうよ。  ああ これ 作ってみたぞ。

 試しておくれ 」

「 ? ・・・ あ トウ・パッド ? 」

「 うむ。 お前の足に合わせて な。 一番負荷のかかる場所を

 シュミレーションして作ったぞ 

「 うわあお・・・ 薄いですよね? 」

「 ふふふ ところがどっこい、だぞ。 まあ 試してみておくれ。

 ああ 印があるの方が右だ。 」

「 さっそく今朝のレッスンで使ってみますね 」

「 うむうむ。 感想を頼む。 改良の余地もあるからなあ 」

「 はい。  ・・・博士、これ すご~~い需要 あるかも ですよ? 」

「 ははは どうかな  さあ バスに遅れるぞ 

「 はい。 あ  ジョー 起こしてくださいね 」

「 わかっとる。 ・・・ったく すぴかもすばるも一人でさっさと

 起きて 学校にゆくのになあ・・・ 」

「 うふふ・・・ いってきまあ~す 

「 いっておいで。  ― さあて あの寝坊大王を起こすか! 」

博士は 腕まくりをし 二階へと上がって行った・・・

 

     忘れる なんてできない。

     ・・・ 絶対に 許せない。

 

博士には 厳しい気持ちももっていたが ― 時間( とき )が いつの間にか消してくれた

いや  博士の真摯な生きざまに 彼自身の一生の呵責を知り

冷ややかな気持ちは 溶け去っていったのだ。

 

     ・・・ 許せた ・・・?

     それは  ちょっと違うかもしれないけど

 

     でも ― 家族 として 愛しているの。

     やっぱり 大切なヒト なのよ

 

 

無我夢中の日々の中でも フランソワ―ズは踊り続けていた。

子持ちになっても バレエ団の一員として頑張っている。

教えのクラスも増えてきて なかなか忙しい。

 

「 あ  フランソワーズ?  ちょっと ・・・ 」

朝のレッスン後、 マダムに呼び止められた。

「  はい・・・ ? 」

「 ああ 急ぐかしら 」

「 いいえ。 今日は教え、ありませんから 」

「 そう よかった。  あのねえ ちょっと相談なんだけど 

「 ・・ はい? 」

廊下の隅で < 相談 > されたことは ― 

 

  次の公演、 第一部のコンサ―トで 

  『 ジゼル 』 の パ・ド・ドウ やってみない?

 

「 え ・・・ 

「 今の貴女なら  いい踊りができるんじゃないかなあって

 思うのよ。  どう お母さん 」

「 え ・・・ あのう 若手の方の方が・・・ 」

「 んん~~ん。 あの踊りはねえ 16歳だから踊れるってものじゃ

 ないのよ。 」

「 それは まあ ・・・ 」

「 そうそう、いつか・・・ 言ったことがあったわねえ。

 もうすこし経ったたら ね って。  

「 あ そうでしたね  ふふふ まだ ここに来たころでした 」

「 ね? 今 いいと思うの。 」

「 ・・・ できる でしょうか  いえ。

 踊ってみたい です。   踊らせてください。 」

「 メルシ。 相手はね タクヤよ。 う~~んとしごいてやって 」

「 まあ  ・・・ あのう 彼にはもっと若い方の方が 」

「 のん。 私ね 貴女とタクヤの 『 ジゼル 』 が

 見たいの。  お願いね 」

「 は  はい ・・・ ! 

 

    と --- ん と なにか強い力が湧きあがってきた。

 

「 ・・・ ありがとう ございます。 」

フランソワーズは 誰にともなく優雅にアタマを下げていた。

 

 

  カタン。  誰もいないスタジオで 鏡の前に立つ。

 

     どう 踊る?

 

     フランソワーズ。  

     貴女 あの場面のジゼルを どう踊る?

 

 

 

 

 

 

青春のあの輝ける日  初めてジゼルのパ・ド・ドウをもらったとき

わかんないよね~~ あの気持ち~ と 友人と言っていた。

 

     わかる わ  いま ・・・

 

     あの頃より 脚は上がらなくなった

     少女の時より 軽くは跳べなくなった

 

     ・・・ ニンゲンだった時代より

     多く回れなくなった

 

 

     でも。  いま  わたしはわかる。  

 

     彼女の気持ちが  こころが

 

     愛する辛さ 愛する喜び を 知ったから。

 

年齢を重ね 妻となり母となり ・・・

それなりに 夫のこころを 100パーセント、自分に

向けることなど できない、と知った。

 

     ああ  わかる わ ・・・

     どうかチカラ強く生きて  という言葉が 

 

 

愛する人を得て愛されて ― それでも彼は完全に彼女のものでは ない。

 

     でも  愛してる  愛している わ 

 

  だから  ―  生きて。 力強く 思いのままに生きて欲しいの。

 

 

      ジゼル。  やっと貴女のこころを踊れるわ

 

 

 

           ***********

 

 

すこしばかりざわざわしていた客席が す・・・っと鎮まった。

すとん、 と 客席のライトが落ちた。

 

短いアナウンスの後 すぐに音楽が流れ始めた。

 

「 ・・・ ! 」

「 ! 

先に舞台に出るタクヤと  にっと笑顔を交わす。

 

   ・・・ !   さあ  行く わ !

 

白い陰が ライトの下にすべり出ていった。

 

     遠い昔の みんな ・・・

     カトリーヌ   二コラ 

     そして 黒い瞳のアヤ

 

     見ていてね

 

     わたし  わたしのジゼルを 踊ります。

 

 

このパ・ド・ドゥ、ダンサーの腕の見せ所は 後半である。

テクニックを競うのでは ない。

別れの 永遠の別れを前に ジゼルは想いの長 ( たけ ) を

アルブレヒトに託す。

 

     愛しているわ  永遠に ・・・

     だから あなた。

     これからも 生きてください。

 

 

     ああ ああ  ・・・

     

     みんな どうぞ 思う通りに

     力強く 生きてください !

 

       それだけが わたしの 望みです

 

 

    乙女の 恋人への想いは 夜明けの空へと消えてゆくのだった

 

 

       わああ ・・・  

万雷の拍手の中 フランソワーズは舞台袖でじっと立ち尽くしていた。

 

     ねえ 18歳のフランソワーズ? 

     やっと ジゼル が踊れた わ 

 

     ・・・ わたしのジゼル を。

 

 

 

*********************************       Fin.     ******************************

Last updated : 03,09,2021.                 back      /     index

 

 

*****************   ひと言  ***************

奇しくも < 39の日 > に 後編をアップできました。

『ジゼル』 好きなんです~~ コールドの一員でも☆

是非 画面ではなく! 劇場で ご覧くださいませ <m(__)m>